『なぜ国際教養大学はすごいのか トップが語る世界標準の大学教育論』を読んで
私の本務校と同じ、辺境の地にある公立大学でありながら、東大にも引けを取らない人気大学・国際教養大学。
その秘密を知りたいと、ちょっと気になっていた大学。
私の大学では、コースや入試形態によっては、「定員割れ」も普通にある。
それはやっぱり「辺境の地」にあり、大学周辺の小売店舗の少なさ、交通の便の悪さ、少子高齢化などなどが影響しているのだろうと。
…そういうのは言い訳にすぎないんだと痛感させられたのが、
鈴木 典比古著『なぜ国際教養大学はすごいのか トップが語る世界標準の大学教育論』。
国際教養大学の理事長・学長であられる著者が、タイトル通り、なぜ国際教養大学はすごいのかについて解説している。
基本的に、ターゲットとなる読者は受験生ないし保護者なのかな。
これを読んだら、東大水準の学力があったとしても、「国際教養大学に行きたい!」って人が増えそうだ。
卒業後20~30年以上を見据えての教育カリキュラム。
日本の大学のしがらみを乗り越えて、ここまで革新的な取り組みを「公立大学」が…という事実に慄く。
国際基準で「大学はどうあるべきか」を考え尽くした結果なんだろうな…。
私の大学にも国際系の学部はあれど、もはや雲泥の差。
でも真似しようとしてもできるものではないし、あまり意味がないだろう。
国際系の大学としてのあり方と、総合系の大学としてのあり方とでは、また全然違うものを想定しているのだし。
でも本書で一貫して語られる「リベラルアーツ」なるものの重要性は、どの大学でも認識したほうがよいかも。
とはいえ、著者の主観ベースの語り口にあまり説得力を感じることができず、居酒屋で上司に絡まれているような感覚を覚えたのも事実。
なので、正直なところ、そこまでまだリベラルアーツを重視する意味が腹落ちしていない。
ちょいちょい時代錯誤な情報が入っていたりするしね。
今は大学教員も、「念仏講義」してたら採用されない時代。
むしろ著者の世代の教員が、念仏講義の筆頭ではないだろうか。
私は色んな大学の採用試験を受けたけれども、模擬授業を課さない大学はなかったし、教育歴も判断材料として重要なファクターだった。
もはや「いかにして分かりやすい授業を展開するか」が重視されるあまり、専門性は置いてきぼりな感じも。
学生の水準が下がってきているので、仕方ないのだけど。
それに対する著者の対策法も、夢物語、ファンタジーに近い感じで、現実味に乏しい。
いまはコメントペーパーに、「おもしろかった」で終わらす学生は普通なのですよ。
まあ国際教養大学ともなれば、そんな輩はいないのでしょうけど。
でも、色々、グサリと刺さる言葉はあって、自分を顧みる機会にはなった。
それにしても本書に出てきた卒業生、私の高校の先輩がいてびっくりした。