『本社は田舎に限る』を読んで
本社機能の研究者として、
エピソードベースの本社の話は聞けないものかと
学生時代から思っていた。
でも案外、「本社」に特化した本なんて
専門書以外に出てないもので。
気まぐれに検索すると、吉田基晴著『本社は田舎に限る』を発見。
東京でセキュリティソフトの会社社長をしながらも、
なかなか人が集まらず困っていたところ、故郷の徳島にオフィスを構え、
「昼休みにサーフィンが楽しめる職場です」と求人を出したら反応があった。
さらに、営業だけ東京に残して、徳島に本社移転してしまうという。
それだけじゃなくて、過疎地の課題をビジネスと捉え、
ITならではのやり方で、地域の処方箋を生み出す活動にもつなげてしまった社長のお話。
「波乗りオフィスへようこそ」という映画にもなったらしい。
エピソード的にもキャッチ―な実話だけど、
この社長の価値観というか、考え方は、
他の本にはない、鋭さと素朴さがあって興味深い。
まず一つ目。
東京だと、「自分の座標軸が分からない感じ」、
「自分の仕事が社会にどのように役立っているのか分からない、暖簾に腕押し感」があったのが、
田舎、集落というコミュニティに入って「つとめ」を果たすことで、
「人から必要とされる」感覚を知ることになる。
二つ目に、「奪い合わない文化」。
いずれはどこの地域も人が減る。
自分たちの地域の転入者が増えるということは、
よその地域で転出が起こったということ。
必ずしも一つの地域、一つの住まい、一つの職業、
一つの役割、一つの学校に限定して所属する必要はない。
「マルチXな生き方」があってもいいのだから、
囲い込む理由もないはず。
たしかに、大学も一つじゃなくていいし、
県内出身者を囲い込んで県内就職率を高めるのも、
あんま意味ないよね。
三つ目。
過疎地には課題が山積しているものの、
その課題を解決することがビジネスになり得るということ。
サービスの需要よりも供給の撤退スピードの方が速くて、
需要を賄える分だけの供給は担い手不足のケースが多い。
人口が減ることを前提にしたビジネスは、まだ確立されていない。
だから、田舎にはビジネスチャンスが溢れている。
但し、本書でいう「田舎」とは、
「1日あればほとんど回れる大きさ」の集落ということ。
一方、私が移住してきた島根県浜田市というところは、
田舎といえば田舎だけれども、
島根県のなかで、松江市、出雲市に次ぐ3番目の都市、というようなポジション。
スーパー、コンビニ、病院など、最低限の施設が駅前に集まって、
そのちょっと外れたところに大学があるという感じ。
すれ違う人同士が知り合いというのは、
高齢者層を除いてそうそうない。
コミュニティが機能しているかというと、
正直微妙な印象。
この付近に住む大学生も、
地元の人たちと関わる機会なんて、
自分からグイグイいかない限り、滅多にない様子。
この本に書いてあるような、
「村の行事やおつとめに巻き込まれて、いやでも忙しくなる」現象は起こらない。
もちろん、この部分が成立しないからといって、
この本から学ぶところが何もないとは思わないが、
前提がかなり違う地域で「参考にしよう」と思うと、
なかなかハードルを感じる。
それから、『本社は田舎に限る』と断定しているわりに、
結構限定的な話。
うう~ん…IT業界なら集落と相性がいいのは分かったけど、
他の業界や、移転しづらい他の本社機能はどうするんだい?と疑問に思わざるを得ない。
だからこそ、筆者が経営する「あわえ」という企業のビジネスが成り立つんだろうけど。
統計ばっかりいじっていると、
傾向として語ることはできても地域の実情が見えづらいので、
ケーススタディのストックも必要だなと思う反面、
ケーススタディはどうしても、
偶発的な、結果論的な話に終始しやすいということを痛感。