研究ノート

戦後の地域開発の問題点

戦後おこなわれてきた地域開発政策。

国が主導して、トップダウン的に推し進められてきた
いわゆる「全総」の何が問題なのか。

それは、「住民の生活領域としての地域」ではなく、
「資本の活動領域としての地域」とみなしてきたところにある
(岡田2021)。

東京に中央省庁や企業本社などの中枢管理機能を置いて、
地方中枢都市に支社機能、
その他の地方都市に工場などの生産機能を置いて、
過疎地・農村は原材料供給地的なポジションとみなす。
っていう中央集権国家体制が敷かれた。

要は、「東京が頭、地方が手足」とみなすような体制。

一般的には、「東京経済が日本経済の中心で、
東京が地方を支えてやってるんだ」みたいなイメージが強いのかもしれないけど、
実は逆で、人も資源も地方から東京に吸い込まれていくなか、
東京が地方に依存しているんだから、
地方が衰退したら東京は経済発展できないよね、っていう。

飛行機に乗ってるとよく思うけど、
日本という国土は本当に森林が多い。

農林業あるいは人が住むことで、
国土や景観は保全されているという認識は、
正直わたしも、島根に移住してやっと肌感覚で知ることができた。

東京の、しかも霞ヶ関に引きこもっていると、
東京あるいは大規模資本が国を支えているような錯覚を起こす。

だから「多国籍企業に選んでもらえる」国づくり、地域づくり、
なんて発想に至るのかしら。

「多国籍企業に選んでもらえる」ように、
インフラを整備して、規制緩和して。

アメリカとの貿易摩擦までさかのぼると、
内需拡大路線に進もうとして、
「公共投資」っていう発想に至ったのも影響していたり。

あるいはオイルショック後の構造不況のなかで、
重厚長大型産業で組織されたJAPICが、
大型プロジェクトを積極的に提案してくるのもあり。

そういった事情と、
「選択と集中による効率化」「地方分権化」の流れで
道州制という広域自治体の構想が生まれ、
ますます開発プロジェクト構想が推し進められやすくなるわけで。

こうなってくると、ますます「住民の生活領域としての地域」の住民の声は届かないし、
時代の流れに取り残されていくことになる。

日本の国土政策、地域政策の根本的な見直しが必要なのは
言うまでもないけれど、
いったいどれだけの年月とエネルギーが必要なのか。

少しでも軽減していく、「やれることを、やれる範囲でやっていく」のならば、
私は、将来の自治体職員を育てていく立場として、
このような政策の背景を伝えていこうと思う。

「企業誘致」とか
聞こえのいい政策に踊らされることのないように、
何も知らず、中央の狙いに振り回されることのないように、
地域を守る考え方を身に付ける教育がしたいな。

参考文献:岡田知弘(2021)『地域づくりの経済学入門』自治体研究社

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