移出産業で地域経済は成長するのか
「地域経済の成長」を考えるとき、地域経済学でもいろんな理論が提唱されてきました。
たとえば、「移出基盤成長論」。
「この地域にとっての基盤産業は自動車産業だ」とか、
「よその地域から外貨を稼ぐため、基盤産業を育てないといけない」とか言われる類の理論です。
(それにしても、結構みんな無意識に「基盤産業」って言葉を使ってますよね)
移出基盤成長論
「移出基盤成長論」は、「経済基盤説」とよばれることもあるみたいです。
ここでは、地域経済を支える産業として、大きく2つに分けています。
すなわち、「基盤産業」と「非基盤産業」です。
ざっくり言うと、
基盤産業(basic industry)は、よその地域や国に財・サービスを売って、外貨を稼ぐ産業のこと。
非基盤産業(non-basic industry)は、地元住民の需要をカバーする産業のこと。商業やサービス業に多い。
この基盤産業が成長すれば、それに便乗して非基盤産業も発展して、地域経済は大きくなっていくよね、みたいな話はよく聞きますね。
企業誘致みたいな地域開発も、こういう発想の延長線上にあるわけで。
その理屈をもう少し深くみていきましょう。
何らかの努力(企業誘致、企業家活動、地元の支援などなど)で、新しく工場ができたり、地場産業が生まれる
↓
よその地域に財・サービスを売る基盤産業が発展して、よその地域からお金が入ってくる
↓
しばらくして、基盤産業に原材料や部品を売る産業、加工・組立を担う産業など、関連産業が集まってくる
↓
原材料や部品を、よその地域ではなく、自地域で賄うことができる
↓
地域内の産業連関が強くなる
↓
基盤産業にお勤めの人たちや経営者の所得が増えるので、地元の非基盤産業からのお買い物が増える
↓
非基盤産業の立地も進む
↓
非基盤産業にお勤めの人たちや経営者の所得が増えるので、さらに地元の非基盤産業からのお買い物が増える
↓
そうやって人も企業も集まってきた結果、自治体の税収が増える
↓
インフラストラクチャー(産業基盤、生活基盤)の整備が進む
こうして、”何もなかった”地域に、ヒト、モノ、カネ、情報が集まってきたらいいなあ~…って、みんな思うわけです。
地域乗数効果
さて、さきほどさらっと「産業連関が強くなる」と書きましたが、この理屈は「地域乗数効果」で説明されることもあります。
基盤産業が成長して、新たに生み出される所得のうち、それを地域内の購入に充てるのか、よその地域の購入に充てるのか、その割合で「乗数」なるものを決めます。
たとえば、
⊿Y・・・基盤産業による新たな所得
Y・・・⊿Yから生まれる所得の合計
α・・・地域内の購入に充てる割合
1-α・・・地域外の購入に充てる割合
0≦α<1とします。
このとき、
Y=⊿Y+⊿Y・α+⊿Y・α^2+⊿Y・α^3+・・・
(つまり、
「⊿Yから生まれる所得の合計」
=「基盤産業による新たな所得」
+「基盤産業による新たな所得のうち地域内の購入に充てる分」
+「基盤産業による新たな所得のうち地域内の購入に充てる分からさらに生まれる地域内購入」
+「基盤産業による新たな所得のうち地域内の購入に充てる分から生まれる地域内購入からさらに生まれる地域内購入」・・・)
となりますね。
この式を変形すると、
Y=⊿Y(1+α+α^2+α^3+・・・)になって、
最終的に、
Y=⊿Y(1/(1-α))
となります。
この1/(1-α)が乗数効果というやつです。
ここでいうαが大きい(=地域内の購入割合が大きい=地産地消)と、乗数効果も大きくなります。
シンプルに基盤産業と非基盤産業だけ考えると、この地域乗数効果で説明がつくわけですが、農業、林業、漁業・・・対個人サービス業といった個別の産業で考えたのが、産業連関分析の「逆行列係数」になります。
産業連関分析の場合、「1単位生産するためにその産業が使用される割合」が、ここでいうαにあたります。
そして、乗数効果と同じように導かれる逆行列係数は、「1単位生産あたりに発生する波及効果」を意味することになります。
で、これを使うと、俗に言う「経済効果」が計算できちゃうわけですね。
移出基盤説の諸条件
地域にとって、何が基盤産業で、何が非基盤産業なのか。
それは当然、それぞれの地域の事情によって変わってきますよね。
理想を言っちゃえば、自地域と他地域の取引を逐一データで把握して分類できたらいいのだけど、輸出・輸入と違って、地域間の取引は自由度が高いから、正確にいちいち把握しきれないのが現実です。
なので、基盤産業をピックアップする計算方法は、まだ議論されているところです。
しかも、ひと口に「農業」と言っても、地元の人に消費してもらうもの(非基盤産業)と、全国に向けて販売するもの(基盤産業)とで、色々混ざっています。
製造業ですら、鮮度や耐久性などの関係で、地元消費向けの飲食料品の業者(非基盤産業)もいます。
さすがに商業やサービス業は地元向け(非基盤産業)でしょと思いきや、専門性の高いサービス業なんかは、全国を相手に展開している(基盤産業)ことも多いわけで。
さらにさらに、そもそもどのレベルで「自地域」と定義するかによって、基盤産業か非基盤産業かも変わってしまいます。
市町村レベルでは外貨を稼ぐ「基盤産業」だったものが、都道府県レベルでみたら、内輪向けの「非基盤産業」とみなされるってことがあるわけです。
そんなちょっと掴みどころのない基盤産業でも、それをリーディング・インダストリーとして地域活性化の起爆剤にしようとする地域政策は、「成長の極」(F・ペルー)とも言われたりします。
高度経済成長期では重化学工業、オイルショック後はハイテク産業などが、主導産業として期待されました。
移出基盤説の限界
これまで書いてきたような効果を期待して、補助金や法人税の優遇などで工場を誘致するケースは、多くの自治体でおこなわれました。
仮に、その工場で作られた製品が全国に出荷され、地元の雇用も生まれたとします。
でも、そこで使われる機械や原材料、部品、関連サービスが、よその地域で賄われていたらどうでしょう。
生産プロセスの一部である工場を誘致するだけだと、よその地域の工場で作られた部品を、自地域の工場で加工・組立して、さらに他の地域の工場に送るといったケースは多々あります。
この場合、自地域はただの「通過点」に過ぎず、「落とされる」付加価値も多くはありません。
本社が回収した利潤を各工場に分配する場合、地元に再投資されるとは限りません。
さらに、補助金や税制優遇”程度”で簡単に移転してくるということは、他の条件のいい地域が出てきた場合、簡単に撤退していく可能性があるということです。
そうやって、地域の個性に見合わない開発がおこなわれて、自然・景観の破壊を招き、負の遺産を背負う羽目になり、結果的に地元住民に負担を強いるというケースは、決して少なくないわけです。
安直な企業誘致について批判した研究も、数多くあります(岡田知弘先生など)。
それでもこういった外来型開発が未だにおこなわれているということは、こうした研究の成果が世の中に浸透していないことの裏付けでもあるわけですね。
せめて、将来の地域経済を担う学生には、こういった先人たちの智恵を継承していく責任があると感じる今日このごろです。
参考文献:岡田知弘・川瀬光義・鈴木誠・富樫幸一(2016)『国際化時代の地域経済学 第4版』有斐閣アルマ